井原西鶴

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1642年(寛永19年)大坂生まれ、1693年9月9日(元禄6年8月10日)没。小説家、俳諧師。

 明治8、9年頃か明治13年頃に、淡島寒月が酒井好古堂の古本の中から井原西鶴を発見。明治20年代以降に寒月が幸田露伴依田学海を通じて尾崎紅葉に『好色一代男』を紹介したことで西鶴ブームが起こる。幸田露伴はその影響から西鶴の手法を取り入れるようになった。樋口一葉もこうした明治期の西鶴再評価の流れの中にあった。

 その一方で、明治27年1894年)7月5日に博文館の帝国文庫の尾崎紅葉大橋乙羽校訂の『西鶴全集』上下は発禁処分となる。7月7日には読売新聞が発禁処分に反論を掲載、島村抱月や田山花袋も批判を行った。だが、処分が見直されることはなかった。以後、昭和初期までは西鶴の好色ものは発禁処分の対象となった。

 和田芳恵は一葉が『日本永代蔵』の「二代目は破る扇の風」の章を愛読していたと指摘。塩田良平は、「闇桜」への大坂朝日の書評で「文章艶麗にてイヨ女西鶴さまとお賞め申したし」と言われ、これがきっかけで一葉は西鶴を読み出したという(『樋口一葉研究 増補版』p. 344)。西鶴の小説は一葉に大きな影響を与え、特に「大つごもり」は西鶴調の小説とされる。