小笠原艶子

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佐藤艶子から転送)
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 明治9年1月3日生まれ。萩の舎の同人。兄・小笠原長生の海軍兵学校の同期生・佐藤鉄太郎の妻となり、佐藤艶子。江戸幕府の老中・小笠原長行(1822-91)の長女。

 萩の舎の齢比べ(明治24年6月9日)のときには、侍女のとよ子も参加。その日に艶子はマグノリアの花を持参した。

 雑誌「武蔵野」掲載予定の半井桃水の登場人物が艶子であることを知り、小笠原艶子と同じ名前であることからほかの名前に変更するように桃水に相談した。

  • 伊庭想太郎が小笠原長行と知り合い、小笠原長生の教育係と小笠原家の家事の補佐をした。伊庭想太郎との縁から萩の舎を紹介された。伊庭想太郎の姪は一葉と同年代で萩の舎に来ていたが、病死した。以上は田辺花圃の対談での発言とその解説や他の文献より。伊庭想太郎は四谷区仲町に私塾・文友館を開設していて、佐藤鉄太郎はそこで心形刀流を学んだ。文友館では、華族や名門の子弟が学んだ。伊庭想太郎と中根淑は武術道場の同窓で古くからの友人だった。
  • 第九大区三小区駒込動坂町228番地から236番地までの広大な邸宅に生まれ、父・小笠原長行が明治24年に死去後、艶子は女主人となり家来と侍女だけでしばらく暮らしていた。「闇夜」の主人公はこの艶子のイメージが使われている。
  • 父・中牟田倉之助が日清戦争で呉に滞在中、中牟田常子は小笠原家に預けられた。
  • 歌会には、侍女の豊子も同伴し、豊子も和歌を作り参加した。豊子は田中みの子と同じ年。
  • 慈雲寺一葉女史碑には、「佐藤艶子」の名前が刻まれている。