博文館

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 博文館は明治20年1887年)6月15日に大橋佐平により創業された東京の出版社(所在地は本郷区弓町二丁目)。息子の大橋新太郎が経営に参加。雑誌「太陽」の初代主筆は坪谷善四郎。日清戦争では写真を使った雑誌「日清戦争実記」で売上を伸ばした。『八犬傳』の版本を所蔵。その後、大橋図書館を設立するが、関東大震災で全壊した。


  • 大橋時子の婿養子となった大橋乙羽は文芸部門で一葉の作品を次々と取り上げて、一葉の晩年の名声をもたらした。
  • 明治20年1887年)7月17日に本郷区本石町三丁目に移転。所在地は日本橋区本町三丁目。
  • 「少年世界」の編集主任は巌谷小波、助手に武田桜桃四郎。
  • 徳田秋声も一時期在籍して編集業務を行った。
  • 渋江抽斎の息子・渋江保(1857-1930)は明治23年1890年)から1905年まで勤務した。
  • 明治27年の横浜東京電話交換加入者名簿では、電話番号は303番。日本橋区本町三丁目八、九。