夏目漱石

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 慶応3年1月5日(1867年2月9日)生まれ、1916年(大正5年)12月9日没。

 直接の一葉との交流はなかったが、夏目鏡子『漱石の思ひ出』によると、東京府の官吏だった漱石父の夏目直克の部下に一葉の父の樋口則義がいて、漱石の兄の大一(大助)と一葉の結婚の計画があったという。だが、その後、則義から直克への謝金の依頼が多いために破談になったという。だが、塩田良平は借金の事実関係は明らかではなく、鏡子の話も伝聞によるため、借金の話は樋口一葉の困窮生活が広く知られたことから誇張された可能性があると指摘している。

 疋田達子は少し異なる話を伝えている。漱石自身がある会合で、漱石と一葉との縁談話があったことを話していたという。また、樋口悦によると、その縁談は則義の死後に立ち消えになったらしい。

 漱石門下となる森田草平は偶然に一葉の旧宅に下宿したことがある。明治40年の冬頃、夏目漱石は馬場孤蝶と一葉の旧宅で初めて会った。小説『門』の崖下の家は一葉の旧宅がモデルとされる。