大沼枕山

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 文化15年3月19日(1818年4月24日)江戸生れ、明治24年1891年)10月1日)没。則義と交流のあった漢詩人。通称は捨吉。

 父は大山竹渓。詩を菊池五山の許で学んだ。酒好き。

 安政4年7月20日(1857年9月8日)、樋口大吉真下専之丞に連れられて増上寺学頭寮の梅癡上人を訪問し、そこで初めて大沼枕山と会った。

  • 幕末に医師の石黒忠悳は柳見仙の書生として医学を学んだとき、下谷摩利支天横町の柳家の向かいにいた大沼枕山を訪ね、漢詩について教えを求めた。だが、その水準に達していないと断られた。
  • 真下専之丞とは詩友としての交流があった。
  • 最初の妻とは、弘化4年(1847年)に結婚。安政3年(1856年)安政の大地震後に病となり9月30日に病没。甲州の井上氏の出身といわれる。
  • 永井荷風の『下谷叢話』では、枕山と鷲津毅堂が取り上げられた。