安藤文子

提供: nigowiki
移動先: 案内検索
Ando humiko.jpg
 禁酒会会長・安藤太郎(1846.5.2-1924.10.27)の妻。大正4年(1915年)死去。花圃の母方の伯母。

 明治27年5月7日田辺花圃が家門を開く発会に一葉が参加し、会席料亭・桜雲台の宴会で一葉が酌をしようとしたところ、そっぽを向いて拒否した女性。伊東夏子がそのエピソードを残したが、花圃の伯母との言及はない。

 夫の安藤太郎は箱舘戦争で榎本武揚と共に従軍。大蔵省、外務省の官吏。岩倉使節団には、四等書記官として参加。初代ハワイ総領事となり、ハワイで在勤中にキリスト教に入信した。田辺太一と友人。もう一人の友人の荒井郁之助の二人の妹の内、上の妹が花圃の母で田辺太一の妻となり、下の妹が安藤文子である。

 安藤文子が回心したことから、夫・安藤太郎もキリスト教に入信。太郎は大酒のみだったが、根本正と禁酒会を設立。銀座教会に通っていたが、妻の死後、自宅に安藤記念教会を設立し、所属を移した。

  • 安藤太郎は榎本武揚が外務大臣の時代に、移民課の課長となり、移民政策に従事した。
  • 田辺太一、安藤太郎、大島圭介の三人が写った写真がある。
  • 安藤太郎著『安藤太郎文集』、日本國民禁酒同盟、1929年。