安藤文子

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 禁酒会会長・安藤太郎(1846.5.2-1924.10.27)の妻。大正4年(1915年)死去。

 田辺花圃が家門を開く発会に参加し、会席料亭・桜雲台の宴会で一葉が酌をしようとしたところ、そっぽを向いて拒否した女性。伊東夏子がそのエピソードを残している。伊東夏子もキリスト教徒だったことから、彼女のことを知っていた可能性がある。

 安藤太郎は箱舘戦争で榎本武揚に従軍。大蔵省、外務省の官吏。岩倉使節団には、四等書記官として参加。初代ハワイ総領事となり、ハワイで在勤中にキリスト教に入信した。経歴から、田辺太一との関連が強い。

 安藤文子が回心したことから、夫・安藤太郎もキリスト教に入信。太郎は大酒のみだったが、根本正と禁酒会を設立。銀座教会に通っていたが、妻の死後、自宅に安藤記念教会を設立し、所属を移した。

  • 田辺太一、安藤太郎、大島圭介の三人が写った写真がある。