島崎藤村

提供: nigowiki
移動先: 案内検索

 明治5年2月17日(1872年3月25日)信州木曽の馬籠生まれ、昭和18年(1943年)8月22日没。小説家。本名は島崎春樹。

 明治28年8月4日かそれ以前に初めて一葉宅を訪問した。一葉の日記には、島崎藤村への言及はわずかで訪問の記録もない。だが一葉は藤村の口真似をしていたとの話がある。小説『春』では、一葉家族の女世帯を「堤姉妹」として年老いた母親の面倒を見ていることに言及している。

 平田禿木が藤村と始めてあった頃には、藤村は牛込で下宿していて、田辺花圃の父の田辺蓮舟から藤村は漢文学を学んでいた。藤村と明治学院時代の友人だったことから、馬場孤蝶戸川秋骨の二人は「文学界」へ参加することになった。

 藤村の父の島崎正樹教部省考証課の雇員で、則義が教部省にいたのと同時期に同じ省庁に所属していた。

 島崎正樹の子供は四男三女。次女と三女は早逝。秀雄、広助、友弥、その、そして四男として島崎藤村。長男・秀雄は事業家で、明治26,27年頃に水道管販売の不正事件に巻き込まれ入獄。次男の広助は木曽の山林問題でどうにか解決に至った。広助の次女こま子はその後に藤村とのトラブルが起こる。三男・友弥は暴れ者でたびたび行方不明となるが、佐々木信綱の竹伯会で和歌を詠むようになった。