幸田露伴

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1867年8月22日(慶応3年7月23日)生まれ、1947年(昭和22年)7月30日没。本名は幸田成行(しげゆき)、別号は蝸牛庵。代表作『五重塔』などで著名な小説家。

一葉への影響

 一葉は幸田露伴の「風流仏」などの影響を受けて「うもれ木」を執筆した。平田禿木が幸田露伴を評価していたことから、一葉は禿木と露伴について論じ合ったという。 森鴎外の弟三木竹二と共に、露伴は丸山福山町の樋口一葉を訪ね、一葉との合作小説の執筆をしてみないかと直接打診したが、一葉は自分の筆が至らないことを理由に辞退した。露伴は「たけくらべ」を特に評価した。

  • 東京図書館が湯島聖堂にあった時期の東京書籍館(しょじゃくかん)に、露伴は図書館へ通っていた。
  • 淡島寒月の紹介で依田学海に小説を見せたところ、傑作として評価。山田美妙も高く評価し、処女作の「露団々」は雑誌「都の花」掲載となった。
  • 幸田露伴は宮崎三昧と饗庭篁村の誘いで明治23年11月25日『国会』新聞創刊時から入社。『五重塔』などを連載。
  • 一葉の死後、引っ越し先が見つからないときに、樋口邦子の助けで小石川の住宅を見つけることになった。
  • 小石川宅の近くに樋口邦子が住んでいて、娘の幸田文は畑仕事をやらされて、邦子と親しくなった。