1887年・明治20年

提供: nigowiki
明治20年から転送)
移動先: 案内検索

 一葉15歳。則義57歳。長男泉太郎が病没。下谷区上野西黒門町20番地(現在の台東区東上野2-18)に在住。

主な出来事

  • 1月初め、泉太郎が両親反対の中で大阪に旅立つ。
  • 1月15日、「身のふる衣まきのいち」を起稿。
  • 2月21日、萩の舎の発会に一葉が初参加。最高点を取る。
  • 4月16日、萩の舎小石川植物園散策。
  • 6月20日、則義が警視庁を依願退職。この頃、泉太郎は大蔵省出納局配賦課に配属。
  • 7月1日、則義は3日間、成田不動尊を参詣。
  • 10月14日、泉太郎名義で則義が(浄土宗浅草正安寺から)菩提寺を西本願寺築地別院へ変更する檀家願を出す。
  • 11月9日、泉太郎が病気により退職。
  • 12月27日、泉太郎が病没。

同時代の出来事

  • 志賀重昴『南洋時事』が出版。南洋諸島における欧米諸国の植民地政策の危険性を示唆。
  • 6月、大橋佐平博文館を創業。
  • 6月9日、花井お梅による箱屋殺し事件が起こる。

政治・経済

第一次伊藤内閣(1885年12月22日 - 1888年4月30日)

日記

身のふる衣まきのいち」 - 明治20年1月起稿。萩の舎の稽古や歌会を綴った日記。