村上浪六

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 慶応元年11月1日(1865年12月18日)大坂生まれ、昭和19年(1944年)12月1日没。任侠小説の人気作家。ペンネーム「ちぬの浦浪六」。デビュー作は『三日月』。隅田川沿いに茶亭を開き、町奴の姿で客と対したという。本名は村上信(まこと)。

 明治27年以降、一葉は向島白鬚神社そばに住んでいた村上浪六を訪問。小説の添削や金策の依頼を行ったといわれる。一葉がどのようにして村上浪六と知り合ったかは日記には記載がなく不明。一葉の父は浪六が小説にした町奴の話を好んだといわれる。村上浪六の家では、関如来と出会ったと言われている。その後、丸山福山町時代に関は一葉宅を頻繁に訪れるようになった。

 出世作となった『三日月』が明治24年1891年)に発表された当初は幸田露伴尾崎紅葉が書いたものではないかと噂されたが、当時「報知新聞]の校正係だった村上浪六によるものであると知られることになった。明治23年に報知新聞に校正係として入社、編集長の森田思軒に文才を評価され、「報知叢話」に『三日月』が掲載。明治25年から明治29年まで朝日新聞の記者として在社した。

  • 税所篤の書生となり、支援を受ける。
  • 当時の浪六の住まいの横には宮崎三昧が住んでいて、一葉に紹介したが一度行っただけでその後は行かなくなった。
  • 村上浪六による小説の添削は斎藤緑雨の明治29年1月9日付書簡による。
  • しのふくさ」には、村上浪六と思われる身の上話がある。
  • 息子の村上信彦(1909-1983)は明治大正期の女性史研究家。