梨本伊都子

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 明治15年1882年)2月2日生まれ、昭和51年(1976年)8月19日没。鍋島直大と栄子の娘でローマ生まれ。鍋島家の次女。鍋島伊都子は結婚して、梨本宮伊都子。戦後の皇籍離脱により、梨本伊都子となった。

 鍋島栄子と共に萩の舎で歌を学んだ。一葉よりも10歳年下。明治29年1896年)15歳で、梨本宮守正王と婚約(その際に華族女学校を退学)。

 中島歌子が危篤の際には、萩の舎を訪れた。

  • 琴、ピアノ、フランス語などの素養もあり、テニスを楽しんだ。
  • 赤十字で教育を受け、看護学修業証書を持つ。
  • 梨本宮邸は現在の渋谷宮益坂の周辺に二万坪の敷地があった。
  • 大正天皇とも交流があった。
  • 明治42年、夫守正のフランス留学の終了時に伊都子は渡欧し、スペイン,イタリア,オーストリア,ロシア,ドイツ,フランス、イギリスを歴訪した。
  • 昭和22年10月14日までは皇族だったが、皇籍離脱となった。
  • 美智子妃の結婚に対して、松平信子と共に強く反対した。