甲陽新報

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 山梨県の地方新聞。明治25年1892年)7月18日に創刊され、明治27年12月頃までは発行されていた。終刊日は不明。

 野尻理作は編集の主幹となり、自身で小説を執筆していたが限界を感じて、一葉に作品を依頼した。その作品が春日野しか子の筆名で書かれた「経つくゑ」。

  • 出資者には野尻理作の兄・野尻大作がいた。
  • 「甲陽新報」明治25年9月から10月に連載された「野末の菊」が野尻理作の小説であるとする荻原留則の説がある。
  • 野尻理作が編集を行っていた時、甲陽新報の編集室は甲府市常磐町五番戸にあった。