野々宮菊子

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 明治2年(1869年)9月9日、千葉県生まれ、大正3年(1914)大阪で死去。

 本郷の木村裁縫伝習所で洋裁を学び、東京府高等女学校(現在の東京都立白鴎高等学校)を明治24年に卒業。明治25年1月から麹町尋常小学校の教師。野々宮起久(起く)、結婚後は荘司菊子。

  • 樋口邦子と裁縫関係で知り合い、樋口家に出入りするようになった。
  • 菊子は小説を書こうとしていた一葉に半井桃水を紹介した。築地女学校の同窓の半井幸子を菊子が知っていたためである。
  • 明治25年10月14日に一葉と邦子に見送られ上野駅から盛岡に行き、(フランスの夫人が運営する)私立盛岡女学校教師として赴任。
  • 菊子の虚言によって、一葉は鶴田たみ子が半井桃水と関係を持ち、千代子を生んだと信じるようになった(実際は弟の龍田浩との子供)。一葉と桃水との仲を嫉妬したためではないかとの説がある。
  • 明治28年4月には安井哲子を一葉宅に連れてきて、その後は一緒に源氏物語の講義などを受けた。