春陽堂

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 明治11年1878年)創業の出版社。岐阜出身の和田篤太郎が初代社長。

 純文学系の出版社だったが、明治20年代半ばからは探偵小説の出版も行うようになり、親しかった尾崎紅葉を通じて硯友社系の作家たちが探偵小説を書くようになった。和田篤太郎自身も以前に巡査だったことがある。

  • 明治26年泉鏡花の『活人形』を出版。
  • 明治28年5月26日、川上眉山は一葉と二人の小説を載せた合書を春陽堂から出版しないかと提案したが、実現しなかった。
  • 明治29年6月2日に前田曙山が編集者として一葉に寄稿を求めたが、病状の悪化により依頼の原稿は書かれなかった。
  • 四代目社長の和田利彦は大正11年建立の一葉女史碑に賛助人として名前が刻まれている。
  • 明治27年の横浜東京電話交換加入者名簿では、電話番号は51番。