益田勝俊

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 明治26年1893年)生まれ、昭和62年(1987年)1月16日没。一葉研究者。

 益田は一葉の両親と山梨に関する「田中家文書」などの発見、「経つくえ」の掲載された甲陽新報を上野晴朗と共に発見など、一葉関連の研究に寄与した。

  • 益田勝俊は一葉研究者で、『隣人之友』第31号(昭和4年4月10日隣人之友社発行)には、「一葉女史の回想」がある。この論文では、則義あやめの江戸行の経路が大菩薩峠越えであろうとする仮説を発表。その影響を受けて、中里介山は『大菩薩峠』第8巻・弁信の巻で長兵衛小屋に二人の落書きが書かれているとのエピソードを取り込んだ。だが、後日、樋口悦が大菩薩峠越えの経路ではないと指摘した。この批判が刺激となって、益田勝俊は一葉関係の文献を探し田中家文書の発見となる。
  • 大菩薩峠の勝縁荘の主人。現在の介山荘の主人の祖父に当たる。
  • 勝縁荘には、中里介山や深田久弥が宿泊した。
  • 一葉女史碑の発起人として名を連ねている。